長野県考古学会では、
本年の4月1日時点において満40歳未満の本学会員で、
@ 本会の総会や秋季大会で優れた研究成果を発表、
A 優れた発掘調査成果や整理研究成果をあげた若手研究者。
B 博物館、
メール:info@naganokenkouko.jp
※上記アドレスをコピー・ペーストする場合は「@」
賞状と副賞3万円をもって表彰とする。

第50回藤森栄一賞選考結果
長野県考古学会は、藤森栄一賞選考委員会を2026年3月28日(土)に開催した。全国推薦委員・選考委員から推薦された個人9名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で風間栄一氏を第50回藤森栄一賞受賞者として決定した。
風間栄一氏は早稲田大学大学院修士課程を修了後、長野市教育委員会文化財課で埋蔵文化財保護業務に長年にわたり従事している。特に積石塚や合掌形石室の代表的事例として知られる国史跡大室古墳群の整備事業の担当者として同古墳群の発掘調査や整備事業に携わっている。
風間氏は、近年の新出資料や研究成果を論理的に整理し、積石塚は渡来系という学説には再考の余地があることや、渡来系と考えられてきた合掌形石室の築造年代が5世紀代に遡り、日本の古墳文化の中で創り出されたものと考えられるとの見通しを示した。これは1960年代以降、半世紀を経た今日に至るまで未だ解明されていない、「長野県の考古学研究上の古くて新しい命題」とされる積石塚研究において、今後の新しい展開を期待させる重要な成果である。
また、古墳時代のシナノを語るうえで継体王朝期の斯那奴(科野)氏に注目して、その集団のルーツを下伊那・飯田古墳群に想定、あるいは大室古墳群にも可能性を見出すなど、長野県の古墳研究を、列島内各地の有力豪族の古墳群と比較し、さらに半島の古墳文化にも目を開くなど、信濃の古墳に限らない幅広くかつ斬新な研究を精力的に進めている。
このように、古墳時代研究を深化させる多数の論文を毎年発表し、シナノの古墳編年観を整理・提示したほか積石塚に関する新たな研究成果を創出するなど、古墳研究者として揺るぎない地位を築いている一方、広く市民向け講演をするなど普及活動も行うなど、地域の文化財保護への貢献と研究者としての先進性の両輪を備えている。
以上のような活動は、地域の文化財の重要性を唱え、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに風間栄一氏を第50回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2026年3月28日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 橋龍三郎
第50回藤森栄一賞選考結果
長野県考古学会は、藤森栄一賞選考委員会を2026年3月28日(土)に開催した。全国推薦委員・選考委員から推薦された個人9名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で吉川耕太郎氏を第50回藤森栄一賞受賞者として決定した。
吉川耕太郎氏は明治大学大学院修士課程を修了後、秋田県埋蔵文化財センター、秋田県教育庁、秋田県立博物館、秋田県教育庁払田柵跡調査事務所を経て、秋田県教育庁生涯学習課文化財保護室埋蔵文化財・世界文化遺産チームのチームリーダーを務めている。この間、県内の遺跡発掘調査をはじめ、博物館の企画・展示やボランティア組織の立ち上げ、国際交流事業への従事などの文化財保護業務や普及啓発活動等に携わっている。
吉川氏は、長年にわたり東北地方をフィールドとして、旧石器時代から縄文時代の石材資源開発の観点から石器研究を進めている。石材の選定から製作、そして使用から遺棄・廃棄に至るまでの過程を総合的に捉え、当時の社会構造や人々の生活様式の復元を試みるとともに、東北地方の珪質頁岩や黒曜石の産地探索調査を実施した。このような石材産地と遺跡との関係について具体的な分析手法に基づき、地域性とその変動を描き出そうとする意欲的な試みは、東北地方の先史考古学研究に新たな地平を開き、東北地方の石器と石材資源開発の研究を大きく発展させたと評価できる。
また、地域の児童生徒への考古学指導や、地元紙への寄稿・連載、各種審議会等の委員、さらには美術大学での指導を通じたアートと考古学の融合など、多彩かつ幅広い活動に取り組んでいる。住民と連携しながら考古学の成果を地域に還元し、埋蔵文化財を核とした地域の活性化に挑み続け、これらを通じて地域住民の考古学に対する関心を高め、文化財保護意識の向上に大きく貢献している。
以上のような活動は、地域の文化財の重要性を唱え、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに吉川耕太郎氏を第50回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2026年3月28日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 橋龍三郎
第49回藤森栄一賞選考結果
長野県考古学会は、藤森栄一賞選考委員会を2025年2月28日(金)に開催した。全国推薦委員・選考委員から推薦された個人11名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で林直樹氏を第49回藤森栄一賞受賞者として決定した。
林直樹氏は明治大学文学部卒業後、岐阜県の公立高校教員から埋蔵文化財調査担当として市町村に出向し、発掘調査や資料整理の成果を基に飛騨みやがわ考古民俗館建設及び展示に尽力した。その後、岐阜県立関高等学校に赴任し、同校の地域研究部の顧問として高校生とともに飛騨地域から中濃地域の考古学的な調査・研究活動を精力的に行っている。
林氏の学術的な研究業績としては、飛騨市塩屋金清神社遺跡の調査をはじめとして、膨大な量に及ぶ出土資料の分析から縄文時代の精神世界を司る石棒の製作過程や儀礼の痕跡を明らかにし、北陸、中部地方における石棒流通の原点ともなった生産地遺跡の実態を解明したことが高く評価されている。また、林氏は飛騨地域の旧石器〜縄文時代の調査を進め、『岐阜県史』編集に関わったほか、宮ノ前遺跡で全国的に貴重な旧石器時代の有機質遺物の検出に成功し、研究成果に基づき、飛騨地域を代表する資料として評価を受けた縄文時代の各遺跡の出土資料とともに県重要文化財指定に繋いだ。さらに、研究の領域としては東アジアの考古学史についても造詣が深く、現地踏査も踏まえた成果を多く発表している。
それらとともに林氏の業績を大きく特徴づけるのが高校の「地域研究部」顧問としての活動である。高校生とともに遺跡の現状調査を行い、聞き取り調査から民俗学的な研究、実験考古学的な探求など、多角的な視点から郷土の歴史を掘り起こし、実態が埋もれつつあった中世城郭や戦争遺跡の詳細を明らかにした。
フィールドに実在する歴史資料に触れる姿勢を重視し、研究成果を積極的に地域に還元する活動は、林直樹氏の教育の実践であり、多世代にわたる地域住民の共感を呼んでいる。それは近隣自治体と連携した文化財保存・活用にも繋がっている。学びの輪には多くの小中学生も集まり、「地域研究部」出身の高校生からは、大学で考古学や歴史学の研究に進む若者が輩出されるなど、次世代の継承者育成にも貢献している。
このような地道な地域研究の成果と、歴史遺産の担い手となる生徒達の教育活動は、考古学界のみならず教育界からも高く評価されている。さらには郷土の歴史に対する一般市民の関心を促し、地元でのシンポジウム等の開催に繋がり、高い社会的評価を得ている。
以上のような研究および教育普及活動は、地域史を広い視野から考古学的に探究し、その継承者として多くの若い世代を育成した藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに林直樹氏を第49回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2025年3月30日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 橋 龍三郎第48回藤森栄一賞受賞者
第48回藤森栄一賞選考委員会は、2024年3月31日(日)諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人8名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で佐野隆氏を第48回藤森栄一賞受賞者として決定した。
佐野隆氏は慶應義塾大学文学部卒業後、山梨県明野村および合併後の北杜市に勤務し、数多くの発掘調査及び文化財保護行政に従事した。現在はNPO法人茅ヶ岳歴史文化研究所に勤務し、北杜市の発掘調査を担っている。
佐野氏が調査した梅之木遺跡では、縄文時代中期の大規模な環状集落に加え、住居域から湯沢川へ通じる「縄文の道」の発見などの成果をあげ、国史跡指定につながった。その後、史跡整備を行い、市民ボランティアによる竪穴住居の復元や遺跡を活用した体験学習に加え、文化庁のLiving History促進事業を活用した整備を行いながら、地域や県外への普及活動を実施している。
主な研究としては、中部高地をフィールドとした縄文時代の論文を多数発表しており、特に発掘調査におけるフローテーション法による炭化種実の抽出やレプリカ法による土器種実圧痕の同定など、詳細な分析から見た縄文中期末から後期の集落研究を通じて遺物や遺構を幅広く捉え、この地域の縄文時代の解明に尽力している。
このような取り組みをもとに、地域研究の指導者として多数の講演会・シンポジウム等において積極的に研究成果を発信してきた。
以上のような研究および活動は、地域の文化財の重要性を唱え、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに佐野隆氏を第48回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2024年3月31日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 橋 龍三郎
第47回藤森栄一賞受賞者
三重県 原田 幹氏
長野県 藤森 英二氏
第47回藤森栄一賞選考委員会は、2023年4月2日(日)諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人12名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で原田幹氏(愛知県あいち朝日遺跡ミュージアム)と藤森英二氏(長野県北相木村教育委員会)を第47回藤森栄一賞受賞者として決定した。
原田 幹氏
原田氏は54歳。金沢大学文学研究科史学専攻修了後、愛知県埋蔵文化財センター、愛知県教育委員会文化財課、生涯学習課文化財保護室、文化芸術課文化財室を経て、現在はあいち朝日遺跡ミュージアムに勤務している。
原田氏は、約30年にわたり愛知県の埋蔵文化財調査、文化財保護行政に携わってきた。特に東海地方を代表する弥生時代集落である朝日遺跡の保護・普及啓発事業に関わり、同遺跡の出土品の重要文化財指定、史跡貝殻山貝塚の再整備、遺跡ミュージアムの整備事業で主導的な役割を果たしてきた。
一方で、原田氏は石器に残された痕跡から石器の機能・用途を推定し、過去の人間行動を明らかにしようとする石器使用痕研究に長年取り組んできた。特に弥生時代を中心とする農耕関係の石器の分析を通じて、機能的な観点から弥生時代の石製農具の組み合わせを明らかにしてきた。そのフィールドは、日本列島だけでなく朝鮮半島や中国にまで及び、東アジアの農具としての石器に使用痕研究の領域を広げ、多様な石器の機能を解明し、稲作農耕との関連について研究を進めている。このような広域にわたる石器使用痕跡分析の研究活動は、東アジアの初期農耕の特質を研究していくうえで大きな意義がある。また、考古資料だけでなく、民族・民俗資料との比較を通して、身体技法の観点から、道具使用の社会的・歴史的側面にも言及している。
研究に際しては石器使用痕研究会や各地の分析において、研究会、シンポジウム、実験・観察検討会の開催に尽力し、多くの研究者と協力・連携して取り組む姿勢も評価できる。
さらに、朝日遺跡ミュージアムにおいて遺跡や出土品に市民が親しむ場を提供できるよう、米作りや石器・骨角器の製作・体験ワークショップなど自身の研究成果やノウハウを活かして考古学研究と市民をつなぐ取り組みも行っている。
このような研究および活動は、地域の文化財の重要性を唱え、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに原田幹氏を第47回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
藤森英二氏
藤森英二氏は50歳。明治大学文学部考古学専攻を卒業後、長野県北相木村教育委員会に勤務し現在に至る。
藤森氏は北相木村考古博物館学芸員として、縄文時代早期の著名な岩陰遺跡である国史跡・栃原岩陰遺跡の総括報告書を刊行した。また同館の研究活動において、大学の垣根を越えて考古学を学ぶ多くの学生を育成し、埋蔵文化財の専門職に送り出している。
その一方で、縄文時代を中心とした研究を進めており、多数の論文等のほか、主著『信州の縄文時代が実はすごかったという本』で、信州の縄文文化を幅広く全国に紹介した。また多数の講演・シンポジウムパネリストおよびワークショップ指導者としての実績がある。さらに八ヶ岳縄文文化研究会を主催して、その究明に努め、多くの若手研究者を牽引している。
地域研究においては、佐久考古学会の代表を務め、消えゆく地方学会の多い中で、多彩な活動を展開しているほか、長野県考古学会50周年記念シンポジウムでは企画運営を行い、学会活動に貢献した。
北相木村という人口800人の村にあって、膨大な幅の教育委員会業務をこなしながら、行政内研究者として、変わることなく精力的に考古学研究の発信を続け、多くの若手研究者を牽引する、今もっとも活動的な中堅研究者であり、藤森栄一の精神である在野研究を実践するキーパーソンと評価できる。
主著『信州の縄文時代が実はすごかったという本』は、増刷を重ねるベストセラーであり、信州の縄文文化を国内に幅広く紹介し、氏の研究がいかに一般層に支持されているかを物語っている。
このような研究および活動は、地域の文化財の重要性を唱え、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに藤森英二氏を第47回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 橋 龍三郎
藤森栄一賞受賞者一覧.pdf(171KB)
第46回藤森栄一賞選考委員会は、2021年3月21日(日)諏訪市公民館において開催され、全国推薦委員から推薦された個人10名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で西川修一氏と忍澤成視氏を第46回藤森栄一賞受賞者として決定した。
選考委員会メンバーは笹沢浩藤森栄一賞選考委員会委員長以下、小林正春本学会会長・矢島宏雄副会長・本学会会員大竹幸恵・風間栄一・川上元、鋤柄俊夫・高橋龍三郎・堤隆・原明芳・北條芳隆・会田進(選考委員会事務局委員長)各委員12名である。
以下に選考理由を記して報告とする。
西川修一氏
西川修一氏は62歳。早稲田大学教育学部卒業後、神奈川県立高等学校教諭から神奈川県立埋蔵文化財センター、かながわ考古学財団、教育局生涯学習文化財課に勤務して神奈川県内の遺跡発掘調査や文化財保護に携わった。
西川氏は綾瀬市神崎遺跡、海老名市秋葉山古墳群、逗子市・葉山町長柄桜山古墳群などの学術・文化遺産としての評価について中心的な役割を担い、地域の歴史を明らかにする重要遺跡としてこれらの遺跡の国史跡指定へつなげた。また、日本列島東部の弥生時代後期から古墳時代前期にかけての社会変動の問題に長年取り組み、土器の型式学的研究を軸に当該期の社会の動態復元を推し進め、特に厚木市御屋敷添遺跡の調査報告(1998)において詳細な記述を行い、東海地方の遠江や駿河から南関東へ向けた集団移住・入植の波がその後の古墳時代への展開を決定したとの斬新な問題提起を行った。この学説については当初は批判的であった学界でも高い実証性に裏付けられた先駆的な研究として評価されるようになり、現在では定説的な見解として今日の研究を牽引している。学校教諭を勤めながらも研究を続け、西相模考古学研究会ほか、多くの研究会の主力メンバーとして活躍し、数々のシンポジウムを開催するなど、若手研究者と連携して共通の研究課題に取り組み、後進を育成している。また市民団体と連携して文化財の活用に向けた積極的な取り組みを実施している点も高く評価される。さらに、遺跡保護や考古学研究の社会還元を目指し、公教育における考古学分野の活用や、一般市民向けの公開講座などの活動を通じて文化財保護の啓発活動にも取り組むほか、日本考古学協会において学校教育と文化財・考古学の社会的な役割や遺跡保護問題にも尽力している。このような研究および活動は、地域の文化財の重要性を唱え、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに西川修一氏を第46回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
忍澤成視氏
忍澤成視氏は58歳。早稲田大学大学院修了後、千葉県市原市教育委員会・埋蔵文化財調査センターで遺跡発掘調査に携わり、現在は市原市教育委員会ふるさと文化課に勤務している。
忍澤氏は東京湾に面する千葉県市原市の縄文時代の貝塚について、長年にわたる発掘調査、整理作業を通じて多くの研究成果を公表してきた。特に西広貝塚、祇園原貝塚、能満上小貝塚、天神台遺跡などの調査報告はひとえに忍澤氏の渾身の努力によるものである。縄文時代の古東京湾における漁労活動の解明は、その多くが市原市と千葉市の研究成果に基づいているが、後・晩期における貝塚研究、生業研究の多くが忍澤氏の研究成果に依存している。精力的な研究活動は縄文時代の漁労活動研究は骨角器・貝製品の研究にもおよび、『骨角器の研究 縄文篇』T・U(共著)にまとめられたほか、『貝の考古学』、『房総の縄文大貝塚・西広貝塚』などの著作を通じて、貝製品に対する生物学・考古学的研究に基づいた独自の専門領域を切り開いた。特に現生標本の大切さを熟知し、そのために日本各地の海岸のフィールド調査を長年にわたって取り組み、数万点にわたる資料サンプルを収集して、それらとの照合を通じた理解を進めるなど情熱的で独創的な研究が高く評価される。また、多数の論文、学界発表に加え、市原市教育委員会・同埋蔵文化財センターを活動の拠点として、「貝輪製作教室」などの市民普及活動にも注力し、埋蔵文化財と市民の距離を縮めるように努めている。
以上のように、貝塚調査を通じた同氏の研究が縄文時代の漁労活動および骨角器・貝製品の研究において先駆的かつ先進的で常に学界をリードし、なおかつその成果を広く市民に伝える取り組みは高く評価される。このような同氏の取り組みは、在野的精神のもと、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに忍澤成視氏を第46回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
藤森栄一賞選考委員会事務局
第45回藤森栄一賞選考委員会は、2020年3月29日(日)、諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人8名を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で赤塚次郎氏を第45回藤森栄一賞受賞者として決定した。
赤塚氏は65歳。奈良教育大学卒業後、愛知県埋蔵文化財センターに勤務して愛知県内の遺跡発掘調査に数多く携わり、副センター長の要職も務めた。
この間に、廻間(はざま)遺跡(愛知県清須市)の調査成果から東海地域の弥生〜古墳時代の土器編年である「廻間式土器編年」を確立したほか、前方後方墳が東海地域で創りだされた古墳であることを提唱し、西上免(にしじょうめん)古墳(愛知県一宮市)を最古の前方後方墳であるとした研究を発表するなど、同地域の古墳時代研究を精力的に推し進めてきた。
また、『魏志倭人伝』に邪馬台国などとともに登場する「狗奴国(くなこく)」の位置を伊勢湾沿岸に比定する説を提起するなど、古墳文化の成立にあたり東海地域が重要な役割を担ったことを強調し、その後の学界動向に強い影響を与えた。
2010年には、特定非営利活動法人(NPO)「古代邇波(にわ)の里・文化遺産ネットワーク」を市民とともに設立し、遺跡・文化財を広く市民に紹介する講演会・企画展示・見学会・バスツアーなどを積極的に展開している。
このように、古墳時代研究において地道かつ大胆な研究成果を発表し、さらには市民とともに地域に根差した継続的な活動を実践している。遺跡を市民とともに守り、広く理解を深める活動は、考古学研究の基本姿勢といえる。また、行政と市民の協働により行っていこうとする多彩な取り組みは高く評価できる。
このような同氏の研究および取り組みは、地域の文化財の重要性を唱え、在野的精神のもと、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに赤塚次郎氏を第45回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2020年3月29日
長野県考古学会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 笹 沢 浩
2018年3月24日(土)午前10時30分より、第43回藤森栄一賞選考委員会が諏訪市公民館において開催された。本選考委員会は、12名の選考委員のうち、笹澤浩委員長をはじめ8名の選考委員の出席を得て開催され、慎重な審査の結果、第43回藤森栄一賞の受賞者を小菅将夫氏に決定した。以下、選考結果について報告する
<第43回藤森栄一賞選考結果>
第43回藤森栄一賞選考委員会は、2018年3月24日(土)、諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人9名・団体2件の計11件を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で小菅将夫氏を第43回藤森栄一賞受賞者として決定した。
小菅氏は58歳。明治大学大学院博士前期課程を修了され、1990年群馬県笠懸町(現みどり市)教育委員会社会教育課に入職、岩宿博物館学芸員を経て、現在同館館長を務めている。
勤務先の博物館の活動では、日本で初めて旧石器が発見された岩宿遺跡の博物館の構想・立ち上げと今日にいたる運営まで、地域の博物館活動に大きく貢献している。また、一般市民による友の会を指導・育成し、多くの子ども達を対象に石器づくりを中心とした体験学習を定着させ、列島初期の文化と歴史について、理解を広める活動を担っている。
地域の博物館の本分である展示と普及・啓発活動に加え、両輪ともいえる学術研究を疎かにせず、四半世紀におよぶ岩宿フォーラムなどで、つねに最新の研究成果をまとめ上げているとともに、北関東地方を中心とする若手の研究者と研究会を組織し、旧石器時代の文化解明をテーマとした学術調査を主催している。
このように氏の学芸員としての取り組みは、博物館活動の枠組みを広げ、主な業績に見られるように研究者が主体となる学会から一般市民との連携、そして学校教育・社会教育を通じ社会全般を視座において精力的に進められてきたものであり、そのたゆまない活動姿勢は研究者としての情熱に裏付けられたものである。
岩宿遺跡を基盤として、子どもたちをはじめとする市民とともに研究活動に取り組み、考古学に対する多くの理解者を育成している姿勢は、在野的精神のもと、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに小菅将夫氏を第43回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2018年3月24日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 笹 沢 浩
2017年3月19日(日)午前10時30分より、第42回藤森栄一賞選考委員会が諏訪市公民館において開催された。本選考委員会は、12名の選考委員のうち、笹沢浩委員長をはじめ7名の選考委員の出席を得て開催され、慎重な審査の結果、第42回藤森栄一賞の受賞者を佐藤雅一氏に決定した。以下、選考結果について報告する。
<第42回藤森栄一賞選考結果>
第42回藤森栄一賞選考委員会は、2017年3月19日(日)、諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人10名・団体1件の計11件を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で佐藤雅一氏を第42回藤森栄一賞受賞者として決定した。
佐藤氏は58歳。國學院大學文学部を卒業され、新潟県津南町教育委員会に勤務するかたわらで、信濃川上流域の良好な遺跡の調査成果をもとに縄文時代の研究を推進した。特に2016年に『本ノ木遺跡第一次・二次発掘調査報告書−山内清男資料整理報告−』を刊行したことは、考古学史上著名な本ノ木遺跡の構造を明らかにするものであり、縄文時代草創期の研究を大きく前進させた仕事と高く評価される。
また、氏は「津南学」の提唱に大きく関わり、縄文遺跡や秋山郷の民俗など、津南町の重要な歴史、民俗、環境などの文化資源に着目し、地域研究誌『津南学』、『津南学叢書』の発行、津南学シンポジウムの開催などによって津南町の貴重な文化資源の魅力を地元のみならず全国に発信し、学界から高い評価を受けている。
近年では、2014年12月の津南町と長野県栄村にわたる苗場山麓ジオパーク認定の中心的な役割を果たした。認定後は地域の人々がジオパークのガイド養成講座を通じて地域の文化資源を学び、その取り組みが交流人口の増加などにつながってきている。
地域の考古資料をはじめとする文化資源から全国的な研究活動を展開し、さらにはその活動が地域の活性化にまで発展した実績は、地域史研究と、また後進を育成した藤森栄一を記念する本賞にふさわしいものであると評価し、ここに佐藤雅一氏を第42回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2017年3月19日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 笹 沢 浩
2015年12月19日(土)午前10時30分より、第41回藤森栄一賞選考委員会が諏訪市文化センターにおいて開催された。本選考委員会は、12名の選考委員のうち、笹沢浩委員長をはじめ6名の選考委員の出席を得て開催され、慎重な審査の結果、第41回藤森栄一賞の受賞者を清水真一に決定した。いか、選考結果について報告する。
<第41回藤森栄一賞の選考結果>
第41回藤森栄一賞選考委員会は、2015年12月19日(土)、諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人10名・団体1件の計11件を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で清水真一氏を第41回藤森栄一賞受賞者として決定した。
清水氏は68歳。同志社大学文学部を卒業され、奈良県立橿原考古学研究所嘱託などを経て鳥取県教育委員会、奈良県桜井市教育委員会に平成17年3月まで勤務された。現在は八幡浜市市誌編纂会編集委員長を務めている。
日本海側初の彩色古墳壁画の発見となった鳥取県鳥取市梶山古墳、「砂丘の下の神殿都市」弥生時代から中世の鳥取県湯梨浜町の長瀬高浜遺跡、聖徳太子ゆかりの奈良県桜井市の上之宮遺跡の調査などで重要な成果を挙げる一方、古代学研究会の主要メンバーとしてシンポジウム「高松塚古墳壁画発見25年」の企画運営に携わった。退職後は郷里の八幡浜市に戻り「西四国考古学研究所」を創設し、会誌『西四国』を発刊して地域の研究者の発表の場を提供し、みずからも論考を発表している。
長瀬高浜遺跡の調査では、月刊『長瀬高浜だより』を発行し、スタッフの知識向上をはかるとともに発掘情報の共有をするなどの工夫で長期間の大規模調査を遂行し、大きな成果を得ることができた。
35年におよぶ研究および複数の自治体での活動実績は、各地の自治体で活躍する行政考古学研究者の模範となるばかりでなく、後進の育成にも大きな影響を与え、地域研究と次世代の研究者を育てた藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに清水真一氏を第41回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2015年12月19日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 笹 沢 浩平成27年3月1日(日)午前10時30分より、第40回藤森栄一賞選考委員会が諏訪市文化センターにおいて開催された。本選考委員会は、13名の選考委員のうち、笹沢浩委員長をはじめ6名の選考委員の出席を得て開催され、慎重な審査の結果、第40回藤森栄一賞の受賞者を中山誠二氏、中沢道彦氏の二名に決定した。以下、選考結果について報告する。
<第40回藤森栄一賞の選考結果>
第40回藤森栄一賞選考委員会は、2015年3月1日(日)、諏訪市内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人10名・団体1件の計11件を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で中山誠二氏を第40回藤森栄一賞受賞者として決定した。
中山誠二氏は57歳。中央大学文学部を卒業され、1980年から山梨県職員。山梨県埋蔵文化財センターで数々の遺跡の調査を担当し、その後、山梨県立博物館の学芸課長として考古・歴史研究の成果の市民への還元普及活動に取り組み、現在は山梨県教育庁学術文化財課文化財指導監として、県内の文化財の調査・保護・活用の推進を図っている。2010年「植物考古学から見た栽培植物と農耕の起源」で東海大学より博士(文学)を取得。
中部高地の弥生時代の編年・墓制・集落研究を進める一方、膨大な植物遺存体を集成・再検討し、縄文時代から弥生時代の植物利用と栽培植物の起源について実証的研究を続けている。とりわけレプリカ法による植物圧痕研究とその同定に関する基礎的研究、縄文中期の中部高地におけるアズキ・ダイズなどマメ科植物の栽培化の研究は、日本列島における野生植物利用段階から農耕社会の成立までの歴史的展開を明らかにした「植物考古学」のフロンティアのひとりとして新しい研究を牽引している。2010年には現時点での研究の集大成として『栽培考古学と日本の農耕の起源』、「日韓内陸地域における雑穀農耕の起源に関する科学的研究」に着手し、日本列島における縄文〜弥生時代の栽培植物や穀物の出現と展開を明らかにするとともに、韓国内の新石器時代〜青銅器時代の植物遺存体や石器などの調査分析を行い、日本国内へ渡来した雑穀農耕の起源に迫っている。そしてこの研究の総括として、2014年『日韓における穀物農耕の起源』を発表している。
中山氏は、かつて藤森栄一が仮説提示した「縄文農耕」という大命題を、山梨という地域を基盤として科学的・実証的に研究し、且つその成果を多くの著作・論考として発表している研究姿勢は、在野的精神のもと、既成概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに中山誠二氏を第40回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2015年3月1日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 笹 沢 浩
平成26年3月2日(日)午前10時30分より、第39回藤森栄一賞選考委員会が下諏訪総合文化センターにおいて開催された。本選考委員会は、13名の選考委員のうち、笹沢浩委員長をはじめ6名の選考委員の出席を得て開催され、慎重な審査の結果、第39回藤森栄一賞の受賞者を矢島宏雄氏に決定した。以下、選考結果について報告する。
<第39回藤森栄一賞選考結果>
第39回藤森栄一賞選考委員会は、2014年3月2日(日)、下諏訪町内で開催された。全国推薦委員から推薦された個人13名・団体1件の計14件を受賞候補として慎重な審査と意見交換を行った結果、全会一致で矢島宏雄氏を第39回藤森栄一賞受賞者として決定した。
矢島宏雄氏は、國學院大學を卒業後、長野県中央道遺跡調査団調査員を経て、更埴市教育委員会に奉職し、現在は千曲市教育委員会文化財センター所長として、文化財の調査・保護・活用に尽力されている。
矢島氏は、1978年、更埴市教育委員会に奉職以来、森将軍塚古墳の保全と築造時復元整備に取り組み、またその麓一帯を森将軍塚古墳館や古墳時代集落を配した「科野の里歴史公園」の整備事業を推進してきた。この間、古墳に建て並べる埴輪の製作や古墳の管理に市民の参加を働きかけ、さらに「お田植えまつり」や「森将軍塚まつり」など森将軍塚古墳や科野の里歴史公園を活用した斬新な事業を企画・実施してきた。こうした活動を支援する「森将軍塚古墳友の会」の育成にも力を入れ、市民が文化財に親しむ機会を広めてきた。
また、森将軍塚古墳・有明山将軍塚古墳・倉科将軍塚古墳・土口将軍塚古墳の各古墳を含めた埴科古墳群の広域指定、名勝「姨捨(田毎の月)」の指定や、風土に根ざして営まれてきた人々の生活や生業を理解するために欠くことができない景観地として注目されつつある重要文化的景観「姨捨の棚田」の選定やその保全にも中心的な役割をはたしている。
このような矢島氏の市民とともに文化財の保全・活用に取り組む姿勢は、在野的精神のもと、既成の概念にとらわれない斬新な研究や活動の実践者であった藤森栄一を記念する本賞に相応しいものであると評価し、ここに矢島宏雄氏を第39回藤森栄一賞の受賞者として決定するものである。
2014年3月2日
長 野 県 考 古 学 会
藤森栄一賞選考委員会
委員長 笹 沢 浩